はじめの一歩5月号(通算第86号 )
「思い出の一冊」
師岡 扶美子
ある日のこと。
部屋の掃除を始め、本の整理をしていると一冊の本が目に留まりました。この本にはある先生の思い出が詰まっています。
私が中学生の時のことです。担任だった女性の先生が大好きでした。明るく元気でユーモアもあり、一人ひとりの生徒を大切にしてくれる先生でした。その先生の国語の授業が特に好きだった私、教え方が解りやすいのは勿論のこと、授業前のフリートークが毎回私たちを楽しませてくれました。 そんな大好きな先生が一身上の都合で退職された時の寂しさと、その時の先生の涙が今でも忘れられません。この仕事が好きで、生徒のことは大切だけれど、退職せざるを得ない・・・苦渋の決断だったことが子どもながらにも伝わってきました。
私たちが中学を卒業し、高校生になった春、先生から教え子たち一人ひとりにある物が送られてきました。それが「思い出の一冊」です。当時は内容が難しく感じ、読み切れずに終わりました。しかし、先生がわざわざ送ってくださったことに意味を感じ、大切に保管していました。
保育士を目指し、学生生活を送っていたある日のこと。先生が亡くなられたとの知らせが届きました。ちょうど数日前「先生元気かな、会いたいなあ」と家族に話していた矢先のことでした。大好きな先生がどうして・・・とても残念でなりませんでした。
月日は流れ、私も保育士として働き始め10年が経ちました。掃除中に目に留まった先生からの一冊、改めて読んでみました。当時解らなかった感動が、ジーンと響いてきたのです。本の内容は、主人公コぺル君の中学生の精神的な成長に、著者が語りかけているものです。コぺル君がデパートの屋上から見下ろした街並みを「世の中を海や河に例えれば、一人ひとりの人間は水の分子みたいなものだ」と発見するところが、特に印象に残りました。先生が私たちに伝えたかったことが、少しだけ解った気が致しました。嬉しさと共に、当時の先生からの愛情を再確認しました。この本の他にも、思い出の本は色々とあります。特に幼少期に両親から読んでもらった絵本は、大人になって読み返すと当時の楽しかった雰囲気を思い出します。一時は忘れてしまっていることも、その絵本を手に取ると「あ~懐かしい!」と思い出すものです。
過去の経験や事物から当時受けた愛情が蘇って感じられることは、とても幸せなことだと思いました。
今、お父さん、お母さんがお子さまに読んであげている絵本。将来、愛情が蘇って感じられる一冊になるかも知れません。皆さんの思い出の一冊は何ですか?